2011年 2月1日 火曜日

出発

大いに盛り上がった去年のマンチェスター旅行から早1年。今年も2月に寒い寒い冬の旅を決行。今度の行き先は、国際映画祭でにぎわっている真最中のロッテルダム!

ロッテルダムの中央駅までは、パリ北駅からタリスという高速鉄道が出ていて、片道約2時間半と国内旅行並みに近い距離にある。数カ国で共同運営されている国際列車タリスはとにかく快適だし、飛行機に乗らずパリおよびフランスからすすっと脱出できる喜びも大きい。数日前よりワクワクしながら楽しみにしていたら、出発直前の明け方、突然具合が悪くなって、10数年ぶりの嘔吐&発熱なんていうひどい状態に。食あたり?ウイルス?ただの風邪?悪い冗談? それでも旅立たないなんて選択肢は頭の中に全くなかった。北駅までたどり着ければあとはなんとかなるだろうという思いで、いざ出発。

家の近くからバスに乗り一路北駅へ。早朝のプラットホームには、寒い中たくさんの人が行き交っていた。楽しみだったタリスでの2時間半はぐったりとやり過ごす。ついてからの行動を頭の中で先取りしながら…。

ロッテルダムの街

ネットで何度も確認していたロッテルダムの気温。パリとあまり変わらないと信じていたものの、ロッテルダムに到着しタリスから一歩外に出た瞬間、のたれ死にを覚悟しそうになるほどの、極寒。体感温度はマイナス7度くらい。ここから宿にたどりつくまでが、一番辛い時間帯だった。

ロッテルダム中央駅を南側に出ると、もうそこが街の中心地。駅の周辺ではあちこちが工事中であったけれど、同じくタリスの停まるブリュッセル南駅周辺の暗く物騒な様子と比べたら、すっきりとしていて、不穏な空気もまったくなく一安心。旅の間に観光と称して街のあちこちを歩きまわっている間も、昼間から暇そうにぶらついたりたまったりしている人もいなければ、近付きがたい雰囲気のある区画にも出会わなかった。

街にはメトロと路面電車が走っていて、滞在初日には路面電車を何度も活用。本当なら一日券がほしかったのだけれど、車掌さんから中央駅でしか買えないと言われ、そんな余裕のないまま泣く泣く毎回2.5ユーロを払って乗っていた。

今回の旅では、映画祭関係者などで経済的なホテルが先に埋まっていたということもあって、駅から真っ直ぐ川(ライン川の河口付近に街は位置している)の近くまで下っていったところにあるホステルに投宿することに。この選択は悪くなかったと思う。建物の中は中央暖房でとても暖かく、気を使わず過ごせるラウンジやキッチンもあり、4人部屋では南米から来た同年代の青年と交流する時間も持てた。気軽な個人旅行でならホステルでも充分満足できるくらいにはまだ自分も若い、という自信にもなった。

ホステルの周辺はかなり落ち着いた、高級な雰囲気すらある、平日の昼間からシックな方々の行き交う地域で、安心を通り越して余裕のある街並だった。それでいて、ブルジョワっぽい、排他的な感じはそこまでない。フランスやベルギーとはだいぶ違う印象。ここはそれだけ寒く、いるべくしている人しか住んでいないのだろうかと、ふらふらの頭でぼんやり考えていた。

国際映画祭、『歓待』上映

食べ物らしいものはほぼなにも口にできていない状態だったので、犬のいる宿のラウンジではぬるいココアを、ランチ代わりに映画祭の本部近くのカフェFLOORでオニオンスープを注文し、最低限の栄養と暖をとって、近づく午後の映画上映にそなえる。この旅の最大の目的は、ロッテルダム国際映画祭に選出された深田晃司監督の歓待を観ること、であった。

縁あって、パリにいながら『ざくろ屋敷』『東京人間喜劇』と続けて拝見させていただき、我が家ではアイドル的存在になっている深田監督。はじめに『東京人間喜劇』を観た時には、インディペンデント映画ながら、脚本、構成、俳優、撮影、全てのレベルが予想外で、こんな風に映画を作れる人が日本にいたのかと何重にも驚き、また去年7月、作品の原作者バルザックが住んでいた場所(パリ市内にあるメゾン・ド・バルザック)にて『ざくろ屋敷』が上映された際には、原作を丁寧に読み込み再現された世界にすっぽりと没入、見終えた頃には感激で胸がいっぱいだった。

そして期待していた最新作『歓待』は、昨年度の東京国際映画祭「ある視点部門」で最優秀賞受賞というニュース。今これだけ自由に自分の作りたい映画を作れている人も他にそういないのでは、と思ってしまうほどの見事な活動ぶりで、さらにこれが大きく商売になったらみんな幸せだろうけれど、それよりなにより、その映画製作への真っ直ぐな意志と、映画表現に対するぶれのなさ、そしてたくましいインディ精神を、ずっと大事にしていってほしいなと思っている。

さて。広場の真ん中にボンとおかれたシネコンでの上映は、満員の大盛況。もちろん日本人は関係者その他数えるほどで、ほとんどが地元のお客さんと思われる方々でうまっていた。私はいざというときに抜け出せるようにと、列の端っこに陣取る。深田監督、プロデューサー兼女優の杉野希妃さん、青年団の山内健司さんによる挨拶、その後上映が始まる。『歓待』。ああこの映画のために、ここまで来たよ。そこまで遠くはなかったけれど。

『東京人間喜劇』に引き続き『歓待』でも、青年団の役者さんが次々と映画の中に現れては、瞬発的に個性を放つ。彼らが画面に姿をみせる瞬間の説得力といったらない。その過剰さが可笑しくて、いちいち笑ってしまう。そんななか、ひとりぽつんとよそ者としてそこにいる、杉野希妃さん。この人が出ていることでずいぶんと風通しのよい作品になったな、という印象を持った。監督含め、映画を作る以前からすでに通じ合っている青年団の方々が、なんだかひょうひょうと、ずるいくらい軽々と、作り上げてしまうようにも一見みえる表現世界に、杉野さんという他者が入り込むことで、そこに監督の演出力がきらりと光るような隙間が感じられて面白いし、観ている方はさらにその外側の視点から、ゆったりと眺めていられる。

説明しすぎず少しずつ、丁寧に積み上げられていく映画空間と人間関係を、いいぞいいぞと観ていた前半に対して、さわがしく展開していく後半、作品中にところ狭しと詰め込んだものたちの広がりや勢いに、撮影時の現実的な問題が立ちはだかったか、細部の扱いがやや雑になり、最大限盛り上がるべきところで失速して終わり切れていない感があったのが、個人的には残念だった。これは前2作への高評価ゆえの思いでもある。実現できるレベルからついはみ出してしまうほどのスケールを感じさせるというのは、やっぱり大物の証拠。日本でのロードショウ公開、成功を祈っておりますよ。

旅の目的を無事達成できたので、あとは倒れ込むように宿で休息。ヨーグルト、はちみつ、バナナ、ヤクルトを買って来てもらい、夕食とする。共同シャワーも熱いお湯が豊富で助かった。同室したアルゼンチン人の青年は医者だと言う。落ち着いたらだいぶ気分がよくなったので、しばし英語でおしゃべりを楽しんだ。

2011年 2月2日 水曜日

午前の散策

前日と比べたら100倍マシな体調になったので、街の散策に出かける。ロッテルダムで行くべきところとしてチェックしてあった建築博物館を目指しながら、手前に広がる美術館公園を歩く。と、そこも大きく工事中。なんだか街中が工事している。途中、鳥に沢山出会う。カモメやカモ、黒い水鳥がたくさん。飛べそうで飛べないのが面白くて、黒い鳥を追いかけ回して遊ぶ。走れるくらいには回復していた。使い捨てカメラを取り出し、そこで撮りまくる。

先を歩いて行ってみると、建築博物館まで工事中だった。なんだなんだ、今この街でやっているのは映画祭だけなのか。プレハブにて営業中だった併設の本屋さんが、中を見学できる建築が近くにあるから行ってみるといいと教えてくれた。 SONNEVELD HOUSE MUSEUMという名がついている、1933年に建てられた一軒家。当時の最新のデザインと技術の全てを集約させて、ひとつの家として表現したらこうなった、というような見事な一例。外側はシンプルで地味だけれど、内部は贅とセンスの限りを尽くしていて、21世紀人が住むにも過不足のない作り。部屋から部屋へ歩いて移るごと、階を上るごとに、夢の具現化のような部屋が次々と待ちかまえていた。

そうしてはしゃいでいるうちに、自然と空腹感が戻って来たので、広々としたエリアを離れ、にぎわっている映画祭本部周辺へ戻ってみる。ちょうど映画祭関係者たちの行き交う時間帯で、日本から来ていた是枝監督とそこでばったりすれ違う。久々に、ご挨拶。昨日ほとんど交流できなかった面々とも遭遇でき、一緒になって近くの中華街へランチへ行くことに。ちゃんと口に入るだろうかと思いつつ、チャーハンを注文。半分くらい、なんとか食べられた。他の人たちはラーメンに近い麺類をイメージしながら注文していたところ、次々と大量の焼きそばらしきものが到着。みなで苦笑しながらの昼食。でも味は悪くなかった。中心には映画の話題。映画祭ならではの、にぎやかで楽しい時間。

A・K、M・M

夕方になり、もう一本、楽しみにしていた映画の上映に向かう。少し歩いたところにある、名画座のような雰囲気の映画館シネラマへ。観たのは、ソフィー・ファインズという女性監督がドイツ出身の現代芸術家アンゼルム・キーファーを撮ったドキュメンタリーOver Your Cities Grass Will Grow。2007年、グランパレでの第1回モニュメンタにて、あの巨大な空間を埋めるには彼ほど適任な人はいないだろうという圧倒的な力量を示していたキーファーが、1990年代以降南フランスに移り住み、広大な土地の上に下に作り続けているという、今も成長中の作品とその制作の様子を切り取ったのが、この映像作品。モニュメンタに持って来た作品も、これくらいの環境がないとそりゃ作れないだろうな〜という、凡人の想像をはるかに超えた規模。そんなキーファーの作品を前にして、なんとか映像におさめようと試みたこと自体大変なチャレンジだと思うけれど、監督もそうとうな知性派、抑えの利いた方法をとりつつも、これだけは見せておかなければというものをきっちり示してくれていた。なかでも面白かったのが、キーファーが作業場で働く人たちとやり取りしながら制作している場面。重々しいテーマを持つ作品ばかり作っているにも関わらず、キーファー自身は鼻歌まじりでいつもご機嫌。美的判断や指示出しは素早く、かなりハイパー。上映後の監督の話によれば、撮影中キーファーはサービス精神旺盛で、ガラスや陶器をがしゃがしゃと壊しては、映像に貢献していたという。ああこんな人だったか〜とまたそこでも驚かされてしまったのだった。とにかく巨大な廃墟のようなものを作っているので、ずいぶん危険なことをやっているとも見えるのだけれど、おそらくそこには裏打ちされたものすごく幅の拾い物理や土木に関する知識と歴史意識と哲学的思考と美意識と人間の根源や宇宙のイメージとエトセトラエトセトラで一杯になった頭があっての行動に違いない。あの自信と余裕の表情は絶対だろう。そして映画の最後にふわーっと浮かび上がったタイトル『Over Your Cities Grass Will Grow』の文字に、ぞぞぞぞぞと鳥肌。キーファーもものすごいけど、監督も、実に、お見事。彼女がイギリスの芸術家一家の出で、レイフ・ファインズの妹であったことは、パリに帰ってから知った。

続けて同じ会場で、また別の上映へと移る。Out of Fashionというテーマのもと映画祭とからんでいる企画で、服飾デザイナーのマルタン・マルジェラがコレクションごとに用意した歴代の映像作品を一気に観るというもの。自分がパリに住むようになりその中で得た視点を通して見ると、マルジェラの創作がこの街でどれだけ挑発的なものとして響いたかが、手に取るように分る。パリの街中で撮影しているものも多く、ロケーションの選び方ひとつとっても、ぜんぶ本気なんだぜという強い意志を感じた。アンチアンチアンチでできたファッション。これがはるか遠く日本にまで届いたときにはそのとげとげしさが和らいで、純粋に魅力的な服として機能するその感じも、なんかいいなと思う。東京にはパリにない自由がある。でもパリには東京にない自由がある。

と、かなり濃い時間を過ごしたあとで、映画祭の中心部へと歩いて戻る。夜もだいぶ更けてきた。中央のシネコンまで来ると、舞台挨拶を終えた人、これからの人たちとまたすれ違う。

再びカフェFLOORの席におさまり、夕食がわりにスープを飲む。オランダで飲むスープはいつもおいしい。この日はトマトクリームのスープ。落ち着いたいいカフェで、すっかりお気に入りの場所となった。

2011年 2月3日 木曜日

午前の散策2

はやくも最終日。名残を惜しみつつ、ホステルをあとにする。2泊なんて、ホステルに不自由を感じる暇もないくらい、あっという間だった。荷物をがらがらとひきながら、川沿いを出発点にぐるっと街を観てまわる。第二次大戦時、ナチスドイツによる空爆を受けたために、街の中で歴史的な建物をほぼ目にすることができない。例外はエラスムスの像が立つ広場にある教会くらい。その辺りも大規模工事中だった。20世紀に建てられた建築はそれぞれ思い思いで統一感はないながら、視界が広くすっきりとしていて、違和感のない、不思議な風景。滞在中、この時初めて晴れ間が見えた。いい気分で街歩き。

中華街の旧正月

お昼になり、再度本部。荷物をクロークに預けラウンジで休憩。お昼の時間帯にはDJがいて、ポップな曲がゆるくかかっている。そこでフカッチョこと深田監督を待って、お昼ご飯に出る。ちょうどこの時、すぐそばの中華街では旧正月のお祭りの真っ最中。どんな様子かと興味津々行ってみると、通りに並んだお店の一軒一軒を獅子が訪ね歩き、その後ろではドラゴンが舞っていた。よく見れば、店の軒先にレタスが吊るされ、それを食べに獅子がやってくるのだった。その前の儀式として、大量の爆竹が爆破されるのだけれど、その迫力たるや、近くにいるだけでもう大興奮。絶え間ない太鼓のリズムもたまらないものがあった。

表がにぎわう中でお昼を食べに入った中華レストランは、ほぼ貸し切り状態。でも良さそうなお店で思い切って試してみたら、大正解だった。アリアンス・フランセーズの隣にある、Hong Kongというレストラン。この街の物価は比較的安く、手頃な価格帯でも本格的で良質な中華料理を食べることができる。これも旅の醍醐味。港町は、いいなあ。

またもカフェFLOORに移動して、どこまでものびていく話の続きなど。ちょうどよい時間帯に上映が見つからなかったので、ついまたのんびりと過ごしてしまう。そして、またしばしのお別れ。

帰りのタリスまで、残った時間を使っておみやげを探す旅に出る。だいぶ歩いて結局ホステルのそばまで戻り、近くのスーパーマーケットで買い物。でも満足。

中央駅方面へ戻る途中、中華街の空の上に花火があがっているのが見えた。急いで駆けつけるにはまだ距離があったので、遠くから歩きながら眺める。なんていいタイミングでこの街に来られたのだろう。思ったことは、ただただそれだけ。

荷物を受け取りに本部へ寄る。そこにいた是枝監督と、最後に短い立ち話。監督はオムニバス作『怪談』の上映のため来ていたのであったけれど、残念ながら予定が合わず、未見のまま去ることに。タリスの時間まであと15分というところで、映画祭をあとにする。

気がつけば、パリ北駅行きのタリスの中。突然フランス語が優勢の環境に引き戻される。ロッテルダムでは一切フランス語なしで、日本語と英語でフレンドリーに楽しくが交流できた。ロッテルダムから日本へ帰る人たちもいるけれど、私はまたパリへと戻っていく。窓から伝わる夜の空気に、少しだけさびしい気持ちが混じり込む。それでも、旅の帰りに思うことはいつも一緒。帰る先がパリだというのは悪くない、と。

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