2010年2月6日 土曜日

出発/到着

朝のパリ、シャルル・ド・ゴール空港。むき出しのプロペラと細く尖った機体が目をひいたFlybeボンバルディア号に乗り込んで、空の旅。到着は現地時刻11時。降り立ったのは、人生初のマンチェスター! 慣れない空港、慣れない電車に戸惑いながら、適当でも通じる英語を使って市内を目指す。路線図が駅にも車内にもなく、だいたい15分くらいというガイドブックの言葉だけがたより。年季の入ったレンガ作りの橋やトンネルを抜け、マンチェスター・ピカデリー駅に無事到着。そこから歩いて宿を目指す。すぐに、想像以上に市街地部分が小さく、どこへでも歩いて移動できることがわかった。

散策はじめ

ホテルへチェックインするには早すぎたので、繁華街を歩きながらランチを食べる場所を探す。パリの本屋で唯一見つけたガイドブックは、『Time Out』誌が出している英語版のもの。その地図で、カフェやレストランが密集している地区を見つけ、一番にぎわっているお店に入ってみる。Oddという名の若者向けの居心地のよいカフェ/バーで、食べ物メニューも豊富。値段も良心的。かかる音楽といえば、スミス、オアシス、イギー・ポップ、デヴィッド・ボウイ、etc。喉が渇いていたので、ジンジャー入りレモネードを注文。クラシックな味わいで美味。そしてはやくもここで、イギリス名物フィッシュ&チップス。ベジタリアンメニューも豊富なこの店なら、食べやすいのが出てくるのではないかと期待したら、巨大な魚のオバケみたいなのが出てきた! シーラカンス?! でも味はグッド。胃もたれもなかった。

ご飯のあとは、ホテル周辺を散策。そこは古着屋&レコード屋街で、まずは古着屋から入ってみる。と、どこもパリから来た人間には信じがたいほど安い値段がついている。一律3ポンドというお店もあった。量が半端でないので、お金がなくとも自由におしゃれを楽しめる可能性がかなり広がる。パリではこういう古着を楽しむ習慣があまりみられないのは残念なこと。

この日はよく晴れていて、外歩きも苦ではなかった。まだ冬の気候ながら、街の若者達はジャケット、パーカー、ジャージなど身軽な服装で闊歩していた。

チェックインの時間がきたので荷物を置き、水など必要なものを探しに出かける。地元スーパーでの買い物は旅の醍醐味。ロンドンでは少々高級だけど何かとデザインが素敵なWaitroseがお気に入りだった。が、マンチェスターにはWaitroseが、ない! のでおとなしく庶民派のTescoへ行って、水と食料を仕入れる。

朝6時前から起きていたので、横になってしばし休憩。でも興奮気味で眠ることはできなかった。

マンチェスターのサタデーナイト

そして夜。本日のメインイベントは、伝説のクラブ、ハシエンダを元ニュー・オーダーのピーター・フックことフッキーの号令のもと復活させた、FAC251のパーティ! ほとんど奇跡のようなタイミングで、ちょうど旅行の日程とオープニングの週末が重なって、スペシャルな夜に駆けつけることができた。オープンしたのが前日の金曜日で、その夜はフッキーがマニ(元ストーン・ローゼズ、現プライマル・スクリーム)やハッピーマンデーズのバックボーカルだったロウェッタなどと組んだバンドで、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーの曲を披露したとのこと。つづく2日目の土曜日は、この新しいクラブの使命通り、まだ無名のインディ・バンドのライブと若手DJ中心のパーティだった。

中心部から北へ向かって歩いた街のはずれにあるFAC251。ファクトリー・レコードのオフィスとして使われていたという、れんが造りの四角い建物。看板はなかったけれど人が並んでいたのですぐわかった。入ってみると意外にこぢんまりした空間。LIVEの時間帯は地上階のワンフロアだけ開けていて、DJタイムに切り替わるとこれが3階までの3フロアに増えることは、あとになって知った。地下にトイレとクローク。喫煙所は外。クラブのあちこちで、若きスタッフたちがまだ不慣れな所作で仕事をしている様子がうかがえた。

入った頃はまだあまり人がいなかったので、最初のバンドの演奏をちょっと聴いてから、いったん外へ出て夕食を食べることに。中華街もほど近く、2ブロックほど歩いたところにあった中華レストラン(Shang Hi Restaurant, 61 Whitworth Street)に入った。ビュッフェ式で食べている人が多かったけれど、昼の魚のためそこまでお腹がすいていなかった。それで、麻婆豆腐を注文。これがめちゃくちゃおいしかった。辛くて辛くて、きっとこれが本場の味という本格派。胃からすっかりあたたまって、改めていざ出陣。

FAC251へ戻ると、お客さんは10倍くらいに増えていた。DJのかける曲のなかに、地元バンドの名曲ががんがん入ってきて、どれもマンチェスター賛歌に聴こえてくる。「Blue Monday」はもう聞き飽きてるのか反応が地味目だったけど、「Live forever」では大合唱。さらにローゼズ「I wanna be adored」。昨日開いたばかりとあって、音も光も最新設備。こだわる人たちの仕事。最高。

客層は、地元の若者〜30代くらいの男女が中心。マンチェスターでは、男性ばかりのグループで遊ぶ人たちをたくさん見かけた。もちろん若くてむちむちの女の子たちのグループも、男女混合も、カップルも、1人でいる人も。とにかくみな人懐っこくて、踊ってると一緒になって踊ってくるし、挨拶したり、握手を求められたり、すれ違いざまにただ笑顔を交わしたり。みんな音楽で楽しもうと思って集まってるから、理想的な雰囲気になる。ここに毎週通えたらどんなにいいか。

夜はふけ、気がつくと2階では真っ赤なライティングのなか若々しい3人組が若々しいダンスチューンをかけていた。さらに上の階からは、もっと固い音が聴こえてきた。ここの主は一帯誰だろうと薄暗いDJブースの脇まで進んでいくと、むこうから先にヘイ!と手を上げ声をかけてきたおっさんこそ、このクラブ&パーティの主催者フッキーであった。ここに集まる人はみな同士なんだと言わんばかりの気さくさ。こちらも手を上げて挨拶。マンチェスターまで来た甲斐があったというもんだ。頼れる親分っぷりを発揮しながらのクラブ経営、オーガナイズ、DJ、全部に人柄がよく出ていて感動的だった。

1階と3階にはバーがあって、3階で飲んだリンゴのソーダにウォッカが入ったお酒にうっとりとなる。お酒の値段は全体的に低めに設定されていて、入場料も9ポンド。マンチェスターではふつうの庶民が主役の街なのだと何度も実感する。有名になったミュージシャンたちが全然飾らない人ばかりなのも納得できた。ここの居心地のよさは離れがたいものがあったけれど、フッキーが「ブルー・マンデー」のremix版をかけてショーン・ライダー(ハッピー・マンデーズ、すごいカリスマ!かっこえー!!)と交代して数曲楽しんだところで3階とお別れ。ショーン・ライダーがかけていたのは音楽が根っから好きな人なんだとわかるようなもので、ほんとのところはずっとフロアにへばりついていたかった。

1階へおりるとライブが始まるところだったので、そのまま何曲か。とても若そうなのに、タダモノではない演奏と歌。この日のとっておきは彼らだったのかも知れない。最後にいいものが観られたと、名残惜しみながら歩いてホテルまで。手元には、ぴっかぴかのコーティングがされたフライヤー、入場者に配られたフッキーのシングルCD、手の甲のスタンプ、誰かがくれた造花のバラが残った。

2010年2月7日 日曜日

リヴァプールのバスツアー

土曜のマンチェスター中心街には昼間から真夜中まで人であふれ、街中でパーティをしてるみたいだった。ならば日曜日はひっそりしたものだろうということで、迷わずローカル線に乗り、一路リヴァプールへ。マンチェスター〜リヴァプール間は世界で初めて蒸気機関車が通った区間で、とにかく真っ平ら、真っ直ぐ。窓の外にはときどき、だだっ広いサッカー場、ラグビー場があらわれる。球技し放題の土地柄。右にマンチェスター・ユナイテッド、左にリヴァプールFC。

リヴァプールの駅に降り立つと、マンチェスターよりもずっと寒かった。海が近い。大きなカモメが飛び交うなかを足早に移動しながら、黙って目指すはインフォメーションセンター。そこで、ビートルズゆかりの地を巡るバスツアー、その名も「マジカル・ミステリー・ツアー」に申し込む。バスの出発まで約1時間。大々的に再開発されたばかりのショッピングモール地帯を一周し、結局バーガーキングで簡単にお昼を食べることにした。

バスはベイエリアから出発するのだと指示され、寒い中歩いていったのだけれど、建物に阻まれ海を目にすることはできなかった。あと1つ角を曲がればそこにあったはずの海。ああこれは後悔。

さてバスツアー。こんな寒い冬の時期だし参加者は5人くらいじゃないのと予想したら、観光バスが8割方埋まっていた。若い運転手に、ベテランのガイドのおじさんのコンビ。1時間45分ほどのツアーのなかで、リンゴ、ジョージ、ジョン、ポールの育った家や通った学校を大きく一周する。途中、ペニー・レインやストロベリー・フィールドも通った。ビートルズの4人ともがいかに小さな地域の中で生まれ、育ち、学校に通い、出会ったのかを思い知る。今はナショナル・トラストが管理している、ジョンがミミおばさんと暮らした家を眺めていたら、なにやらこみあげてくるものがあった。この世の誰にも似てないジョンが、少年時代を過ごした場所。何もないところから生まれた音楽。

ツアーが終わると、もうやることがなくなった。リヴァプールは、地元のサッカーチームかビートルズが好きな人でなければ、わざわざ遠くから訪れるような場所ではないのだった。駅前のパブでビールを飲み、またフィッシュ&チップスを注文して一息ついた。すぐ隣のテーブルにいたおじさんが、1人放心しながら何杯もビールを飲んでいたのが気になって仕方がなかった。帰りの電車は外も暗くただ寝て過ごした。

夜、ホテルのテレビでBBCのサッカー番組「Match of the Day 2」を見る。解説やハイライト映像が丁寧で、これを見ただけで試合の見所は完璧におさえられるというのが売りの番組。この週末の注目試合は、チェルシー対アーセナル。プラチナチケット間違いなしの組み合わせ、タイミング、内容で、観客席にはマット・デイモンが来ていたほど。一瞬、芝の上にいるはずのバラックと見間違う(ホントに)。前日のマンチェスター・ユナイテッドのホームゲームは、無理して観に行くほどのものではなかったことも、ついでに確認できた。さらに続けてスーパーボウルのハーフタイムでのTHE WHOの勇姿を見届けたかったけれど、アメフトの試合展開についていけず、眠くなって諦めた。

2010年2月8日 月曜日

街歩きの午後

マンチェスターに着いて3日目。この旅のそもそもの発端は、わが相棒の生誕30年を祝う夜に、彼の中学生の頃からのヒーローであるブレット・アンダーソン(元スウェード)のライブを観れるものなら観に行ってしまおうということだった。マンチェスターとブレットはあまり関係がないものの、それでも本国イギリスで、一度は訪れたかった街マンチェスター、誕生日、30才記念、ライブのチケット17ポンド、格安飛行機もCDGからあるみたい、こりゃ行くしかないねとなった。

夜のライブまでの時間を使って、一日街をねり歩く。狭いとは言え、前日より気温が下がってちょっと歩くだけでかなり消耗。タウンホール脇のインフォで地図をもらい、そこから産業博物館、グラナダTV、ハシエンダ跡地のアパート、BBC、FAC251、と歩いて中心へ戻った。途中、Instituto Cervantes脇のスペイン・カフェにてお誕生日ランチ。うっかりまた揚げた魚のサンドイッチを注文してしまった…。でもパンがふわふわ、鮭の味も新鮮で、文句はなかった。

体を休めに宿へいったん戻る前に、いくつかレコード屋へ立ち寄る。セカンドハンド文化が発達しているから、中古レコード屋だって当然あるといった風。個人的にとてもよかったのは、新品を扱うPiccadilly Records。パリでは出会えない品揃えに、しばし感激。店ごと買いたいくらいの気持ちになる。日本ではずっと東京に住んでいたから渋谷へ行けばたいていなんでも売っていて、インディとメジャーの区別もせずに好きなものを買っていたけど、パリだとそうはいかない。全然売ってなかったり、あっても高かったり、ひどい。ここぞとばかりに、一週間前にライブを観たTelevision Personalitiesの1stアルバムを探したら、ちゃんと置いてあった。レコードとCDと。ジャケットがいいので本当はレコードがほしかったのだけど、パリの家にはレコードプレイヤーを置いていないのでCDにしておいた。値段も半分だったし。

Brett Anderson Live

日が落ちて、夜が来た。ピカデリー・ガーデンのバスターミナルから、ライブ会場Academyのあるマンチェスター大学を目指す。バスの車内には路線図など何の案内も出ておらず、駅の名前のアナウンスもない。手元の地図と風景を照らし合わせながら、ここかなと思ったところで運転手に確認し、下車。でもなんだかひっそり。Academyの建物の前にいくと、誰もいないし何もやっていない。チケットを見るとAcademy3と書いてある。ここは1ってことかな。でも3ってどこ?と困っていると、同じ状況に陥っている人たちがいたので話しかけてみたら、わからんと言う。彼らはすぐ右隣にある学生会館へ行ってみるようだったので後ろからついていくと、結局そこが会場だった。ブレットのライブ、ここでやるのかあ!

活気あるごちゃっとした雰囲気の建物に入り、螺旋階段をくるくる登ると、小さなライブ空間に到着。ステージのサイズは最小限だけど、ちゃんとバーもある。

前座には、女の子がギターとボーカル、男の子がドラムの2人組。古着の街マンチェスターにぴったりな、ヴィンテージテイスト。歌うまいし、堂々としてる。

いったん休憩。会場は人でいっぱい。今夜のチケットは完売していた。ついに、ブレットが出てくる。バンドには女性キーボーディストが加わっていた。一曲目から真剣勝負。あいかわらずかっこいい。美声にますます磨きがかかっていて、堂々たる歌声。聴かせどころはシンプル。もうスウェード時代の曲を演奏するのはやめたらしい。バンドで成功した後1人になり、自分の音楽表現を研ぎすませどんどん軽やかになっていっている印象。ソロになってから3枚目のアルバムはとても充実したもので、本人もその手応えを感じつつのライブができているようだった。2年半前にパリへ来た時よりずっとリラックスした様子で、いい笑顔もみられた。

ライブが終わり、またバスに乗って戻ると、すでに街はしんと静まり返っていた。マンチェスターの小さな市街地には、日中働いたり買い物したり食べたりするための場所があるだけで、そこに住むようにはできていない。だから月曜の夜ともなると、もうほんとに誰もいない。時計を見ると23時過ぎ。最後の夜だし何か食べたかったけれど、軽く飲むような場所しか開いてない。あきらめて宿に向かって歩いていたら、テイクアウトのできるインドカレー屋に出会った。まったく期待せずに入り、メニューにある固有名詞が固有すぎて分らなかったので、「チキンカレー」と「ほうれん草カレー」をリクエストすると、その場で作ってくれた。立派なナンにサフランライス、たっぷりのカレー。それからいろいろおまけもつけて、袋いっぱいにつめてくれた。ホテルの部屋でそれを全て取り出し食べてみると、本格的な味わい。ナンももっちりしっかりしていておいしい。これも、イギリスならではの楽しみだった。

2010年2月9日 火曜日

最後の散策

最終日。飛行機までの時間を使って、まだ歩いていないあたりを歩く。まずは北の端にあるカテドラル。ジョイ・ディヴィジョンがこの脇で写真を撮ってたということくらいしか知らない場所。そこから一歩街へ戻ればもうショッピングモール。セルフリッジ(デパート)の洋服売り場は、小規模ななかに個性があって面白かった。高いものはあまり売れない街なのだと思う。一応一通り有名人気ブランドのものは置いてあるのだけど、それぞれ細かく区切られ限られたスペースを使ってかなり厳選してテイストも街の好みに合わせてあるようだった。メンズの階にはリアム・ギャラガーのブランド、プリティ・グリーンも。始めたばかりなのに、さすが地元の名士(?)、特別待遇だな。HMVへ行けばノエル・ギャラガーとジョニー・マーの巨大な写真に出会う。リヴァプールではこれがビートルズだった。土地ごとのスターたち。

行きたいと思っていたお店へ寄ることもでき、もう思い残すことはなくなった。まだ時間が少しあったので最後にデザイン・ギャラリーを訪れ、アラン・フレッチャーの展示を見る。ロンドンですでに見た展覧会と全く同じ内容のものであったことは、入ってから気がついた。何度見ても、楽しげな天才の仕事からは、触発されるものが限りなくある。なかなか近づけない領域ではあっても、ただその存在を思うだけでも、違ってくる。

そして、来た時と同じピカデリー駅から電車で空港に向かい、マンチェスターに別れを告げた。

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